自己紹介

初めまして、ゆかい整体 院長の上杉です。

改めて生い立ちと、当院を立ち上げるに至った経緯までを
お話しさせていただきます。

駄文が長々と続きますがご容赦ください。

私は、愛媛県八幡浜市で生まれ、松山市で育ちました。

補聴器を使ってます。なぜか嫌なことだけ聞こえません。

先天性の聴覚障害で障碍者手帳を持っており
補聴器を使用しています。
(皆さんのお声はしっかり聴くことがでます。)
ぱっと見、わかりにくいですが。


骨固定型骨伝導式補聴器という最新式の非常に珍しいタイプで
日本でも使用者が少ない補聴器を使っています。
海外製です。

また、その補聴器を使いこなしているのは
日本でも数少ないうちの一人とメーカーさんにも褒められ、
インタビュー撮影にも出させていただきました。

とりあえず、日常生活での会話においては特に支障ないほどの聞こえです。

そんなわけで幼少のころから耳の聞こえのための手術を行なってきた経緯もあり
病院にはとてもお世話になってきました。

身体を動かすことは大好き、
しかし勉強はそんなに得意ではない子供でした。

熱しやすく冷めやすい性格で
スポーツも剣道からバスケット、軟式テニス、卓球、実戦空手、テニスなどやっていました。

大きくなったら病院で働ける医療関係の仕事をしたいなと考えていましたが

お医者さんを目指せるような学力を持ち合わせておらず
看護師を検討するも、血を見るのが苦手。
注射を刺すことが考えられない。

そんなことから理学療法士を目指そう。と考えるに至りました。

理学療法士養成校の受験に失敗。


高校卒業後、
地元の希望の理学療法士養成校に受験するも落ちてしまいました。

このとき、
「人生の挫折~!」と悲劇のヒロインぶって味わっていましたが、
あまりショックとも思わず、

ただ、他の養成校をも落ちてしまい。
まさかの浪人を経ることとなりました。

自分の性格上、接客は無理と判断して
基本的に引越のバイトや交通整備など体力系のバイトをしながら
受験勉強を行っていきました。

バイトでの人との触れ合いが、
自分にとって貴重な社会勉強になったと思います。

寒い中での差し入れの缶コーヒー、
夜通しでバイト仲間と語り明かした日々、
真夏のカンカン照りの中、車が一台も通らない山の中での交通整備。

なんやかんやいろいろしながら
翌年の入試試験で無事合格して。養成校に入ることができました。

進級できず留年。



基本的に1年生は基礎医学やら英語など高校の授業なども経て
2年生に専門課程を習っていきます。
それまで、常に綱渡り状態でテストをクリアしていった自分でしたが

とうとう、最終学年の3年生に進級しようかという時に、
引っかかってしまい落第。
留年。もう一年、2年生をやり直しました。

幸い、その年下の同級生にも恵まれ、いろいろ教えてもらいながら
翌年には無事に3年生に進級できました。

1か月に1回だけ外出できる病院実習


3年生での県外実習では、はじめて実家から出て
病院の寮生活を3カ月行いました。
床が抜け落ちようかという
照明がつかない暗い廊下の寮生活。

不安だらけでしたが、
レポート作成がとにかく大変で、鍛えられました。。

病院から外に外出した記憶が1度っきりしかないのですが
たぶん、こもりっきっりで宿題・課題をやっていたのだと思います。
実習において苦手な試験もあり、2度と再び3年生はやりたくないと必死で
もがいていたのだと思います。

そんな実習を3箇所を終えて
むずかしいと言われていた卒業試験もクリアして
なんとか卒業。

直後にあった国家試験も合格。

とにかく、この学校生活が一番、
辛かったのだけは覚えています。

逆に言うと、いまだあれほどのプレッシャー、辛さを体験していません。

それだけの糧になっていると思っています。


とりあえず理学療法士国家試験も一発合格できて良かったです。

その後、
無事に総合病院に就職しました。

と言いたいところですが、

日赤病院の採用試験に落ちる


あこがれていた日赤病院の採用試験を受けたのですが
あえなく不採用。

なかなか世間の壁は高い。
そう甘くはないのを実感しながら

別の総合病院に就職しました。
ここが大きな人生の分岐点だったんだろうと思います。

この後の人との出会いが
現在までつながっていきます。

モヤモヤのなか年月を経て

病院に就職しても理学療法士という専門職であるため、
学校の教科書にはないことがほとんど多く出てきます。

だからこそ、自分なりに勉強したり
講習会に参加をしていって
自己研鑽していったつもりなのですが
全然、理解が深まることなく15年経ったような感じです。

あっという間でしたが、
病院勤務から訪問看護ステーションでは市内を回って訪問リハビリを。
小児の子供さんから高齢者まで、
そしてデイサービスにおいては高齢者へのリハビリの業務にも携っていきました。

これまでの理学療法士としての仕事とは
痛みを抱える方々に対して、痛みが出ている場所を
そのまま押さえたり揉んだり・ストレッチを行う程度のことでした。

それらに対して
一時的に痛みは取れるも完全に改善するという事は少なかったです。
何となく楽になった感じで、
しばらく様子を見てもらうという感じです。

自分の理解度の低さがそうさせたのですが
講習会や勉強会での成果を発揮させることができず
常にモヤがかかった状態でした。

そうした痛みを抱える方々に対しては
力不足で大変申し訳ない気持ちでいっぱい。
不完全燃焼という日々が続いていました。

しかし、
目の前に悩んでいる人がいるのにほっておくことは出来ないということで
あきらめずに何か方法はないのかと模索し続けていきました。

デイサービスの利用者さんがある日、突然。

デイサービスセンターの副施設長として勤務していた折に
来られていた腰痛のひどい利用者さんが、

ある日、腰痛が全くない状態で来所されました。

病院でも治らず、手術しかないと言われ、
うちで、いくらリハビリしても改善されなかった利用者さん。

どうして改善されているのか尋ねたところ
とある整体院で治してもらったとのことでした。

あまりにも衝撃的な変化だったのですが、
さらに上をいく衝撃的発言が

「テープを貼ってもらったら良くなった。」とのこと

学校で習ったテーピング、いわゆる
引っ張って貼り付ける、締め付けるようにして貼る
固定テープを想像しながら聞いていたのですが、

それにしても、この変わりように驚き
興味本位で、その整体院に

その先生にお話だけでも聞きに行こうと思い立ったのです。
なぜだかわからないですが、

これまでの自分のやり方に煮詰まって
何とかしたいという思いが先立って
そうさせたのだと思います。

その先生こそ、
畑中梁一先生でした。

電話でのアポイントを済ませ訪問したところは、
とても怪しい雰囲気の看板がかかった場所であったのですが

恐る恐る、入っていくと
ちょうど患者様がいらっしていて
施術中だとのことで

治療室の廊下はさんだ隣の応接間で待たせていただいていました。

そっか、本当の喜びの表情はこれなんだ

応接間で待たせていただくうちに

患者様の施術が終えたようで
一人の女性の学生さんと思われる患者様が治療室から出てきました。

その方の表情にあっけにとらわれてしまいました。

ものすごく感激されて
スゴイ楽です!と言わんばかりの
嬉しそうな表情と話し声。

子供は忖度しません。
子供は正直です。
だからすぐにわかりました。

”そっか、本当に改善した時の
患者様の感激の表情はこうだよな。”

”とりあえず、様子見ましょうの治療じゃ
こんな笑顔見れなかったなあ。”

ショックというよりはびっくり
そうだった!という再確認させられた瞬間でした。

その瞬間までは、申し訳ないですが
半信半疑、まだ疑い深く
当デイサービスに来られていた利用者さんのケースも
たまたまだったんかと思っていた部分もありました。

しかし、疑いは晴れました。
利用者さんも喜んで、
続いて目のあたりにした患者様も感激されていたら

もう興味しかありませんでした。

その後に、畑中先生には、
どこの誰ともわからないような自分に
丁寧に、お話をしてくださりました。

その場で、ぜひ治療場面を拝見させていただきたいと
直訴して、了承いただき、

後日、拝見させていただき、
あらためて勉強したいと思えたのが

この時はまだ正式名称はありませんでしたが
後の「畑中式メディカルテーピング」でした。

といっても、数回の講義で修了できるような内容ではなく
80時間以上の講義を経て

かつ、実際に畑中先生の治療室に入らせてもらって
インターンにも関わらせていただき

机上の理論だけでなく
実際の患者様への対応方法
施術の流れなども学びながら

施術の神髄を学ばせていただきました。
なお、現在も進行中で時々、
勉強させていただいています。

おかげさまで日々、進化していっています。

畑中式メディカルテーピングではテーピングはあくまで手段にすぎず

本質は体の不調、痛みの原因を見極めることです。
そのうえで初めて改善させるための手段が活きてきます。

身体の痛みを改善させるということはいったい
何なのかということを学ぶことができたのです。

多くの大原則として・・・
「痛みが出ている場所は結果であって原因ではない。」
ということが挙げられます。

それからというもの、
痛みをただ抑えるだけの対症療法ではなく
原因のありかを特定していく
根治療法を進めることができるようになりました。

そして疼痛改善率も向上。

痛みを抱える方々にも喜ばれるようになりました。

そんな身体の痛みの悩みをもつ方々の力になりたいと思い、
体の痛み・不調の悩みを解決できる整体院を立ち上げさせていただきました。

数多の病院や整体・接骨院で繰り返される
その場しのぎの施術でなかなか改善しない方々に

自分の施術を通して助けていきたいと考えています。

もっとこの「畑中式」という教えを広めていけたらと思っています。

そして元気になって笑顔になる人が増え、
日本中が笑顔に満ち溢れ活力のある社会になれば、
もっともっと日本も元気になります。

そしてこの輪を日本だけでなくアジアそして「世界に」
そんな夢をもって、地元、愛媛から始めさせていただきました。

「どこに行っても改善しないんだなこの痛みは」
改善を諦めているのであれば、

最後に私のところに来てください。
たったいまでも構いません、

万策尽きた後でも構いません、
とにかく会いに来てください。

「畑中式」を体感して
そして改善していってください!

どこのどの整体院よりも真剣にあなたと向き合います。

もし、痛みに対しての改善の方法をお探しで、
「身体の痛みを改善させて好きなことしたい!」
との思いがありましたらぜひ、ゆかい整体へお越しください。

お待ちしております。

上杉光生

講習・セミナーも開催しています。

畑中式メディカルテーピングの公認指導員として、リハビリの専門家である理学療法士や柔道整復師、スポーツトレーナーを対象に、畑中式メディカルテーピングといった自分の技術を伝え、一般の方にも自己メンテナンスやお身体の故障時の対処方法などお伝えさせていただいています。

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